感情の周波数、外側は鏡という事が表現されているアニメ
前回の記事に書いた内容で、
前回の記事⇩
統合に関して、「まず100の位置(自分が現実を作ってる創造主の位置・現実と錯覚してるスクリーンを観てる位置)にしっかり自分を置いて、手放すのは感情ではなく周波数で周波数に感情というラベルを貼ってるだけ」
みたいな事を書きましたが、その“感情ではなく周波数”という表現が結構分かりやすいアニメを発見したので備忘録としてここに貼っておこうかなと思います。
コチラ⇩
これは筆者が学生の頃から激ハマりしていた大大大好きなディズニーアニメKim Possible(キム・ポッシブル)のとあるエピソード。
当時DVDなども集めたりしてたが3枚しか持ってない(CDも買ってた)。
日本語吹替えで観れるエピソードが少ないのがかなり残念😢
映画になるようなメジャーなディズニーアニメは昔からあまり興味なかったけど、(おまけに陰謀論界隈ではD業界はかなりドン深闇っぽいが(ーー;))キムポッシブルやスター★バタフライ、グラビティーフォールズとかは物凄い好きだし意外にサラッとこのようにスピリチュアル的な深い事がめっちゃ盛り込まれてると感じるし単純にキャラもストーリーも世界観も非常に魅力的だと思う!
こちらのエピソードも感情の周波数について表現が明確で分かりやすい。(英語だけど^^;)
これを観てると如何に感情に振り回されると自分がしんどいか分かりやすいし、結局、外(現実)ではなく自分自身が持ってる内側だけの問題だと分かる。
怒りの周波数を持ってると、外で何を見てもされてもそれがトリガーになってイライラするし、悲しみを持ってると何を見てもされても悲しくなるし、恋愛モード周波数だとどんな人でも好意的に見えるし感じるという。。。(どんな人でもってのは言い過ぎかもだが。キムの場合相手がロンで視聴者的には良かったがシーゴーはあれでいいのか…?w)
アニメから学ぶことは物凄く多い。
というか、筆者の場合今までこの世で大切なことはほぼ漫画やアニメから学んできた。
例えば、子供の頃大好きだったアニメ「魔法騎士レイアース」にもスピリチュアルな表現がむちゃくちゃ含まれていたと今大人になってスピを知ってから感じている。
セフィーロという異世界の中では「信じる心が力になる」と語られていて、というかこれがこの作品のテーマだろうけど、当時子供ながらに物凄く勇気を貰った。
当時はこのテーマについて、どうせ作品の中だけのフィクションかな…と思ってたが、まさかあれがこの世の真実だったとは…。
(筆者の心のピュアさはあの頃もう既に失われていたという事か。。。)
他にも主人公達が冒険の途中でレベルアップの為の修行みたいなシーンがあり、目の前に立ちはだかる敵に見えてるのは実は自分自身だったと気付かされる、それに気づく事、その自分を超える事でレベルアップするみたいな、物凄くパーソナルで内面的、精神的な表現のシーンなどがあって、当時凄く印象的だったのを覚えている。
アニメ版ではオリジナルキャラのノヴァという敵が登場していて、原作に無いのであまり重要ではない脇役キャラだろうくらいに思っていたが意外と登場シーンが多いので謎だったが、ノヴァの存在自体が光の心の闇から創造された存在だったという、セフィーロだから見事に具現化されてしまったという、スピすぎる設定で、まだスピを何も知らない頃だったがそれでも当時はなんか納得できた。
それはノヴァの態度が敵なのにどこまでも光を苦しめようと執着する様子、それがどこか愛にも見えてくるという異様な表現が強烈だったからかも。
まさにlove&hateって感じ。
シーズン2辺りのOPの表現も光と影というコンセプトって感じで、とにかく美しかった。
自分の目の前の人物、現象、スクリーンに写っているもの、自分の外側にある物全ては結局自分自身の鏡だっていう表現、陰陽の表現が素晴らしく美しく物凄く魅力的に表現されていた。
改めて最高に好きな作品だと感じる。
個人的に当時はセーラームーンよりレイアース派だった。
大好きなRPG要素が入ってて少女漫画っぽくない部分とか単純にモコナ先生の絵が可愛さとカッコ良さとオシャレさなどなど魅力的すぎて神として崇拝して模写しまくっていた。
CLAMP先生の作品は他にも「xxxHOLiC」などスピってる作品が多くて本当に凄いと思ってしまう。
コチラ⇩の記事にも以前少し書いたかも。
レイアースアニメリメイクの放送が楽しみだが同時にショックも受けたくなくて、観たいけど観たくないような、複雑な感じ^^;


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