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2026年春分を超えて、改めて気付いた事と決意した事のメモ。

2026年春分を超えて、改めて気付いた事と決意した事のメモ。
これは2025年の桜

改めて気付いた事

作業中に聞いていたYouTubeで、石川新一郎さんの要約話を聞いて(コチラの動画⇨https://youtu.be/zOJfL6deo4E?si=wf03DyZuOgMU9emE)、その中に、日本の学校教育は個性を悪とし潰し偏差値だけで評価する、子供の時点で差別をしていたという表現を聞いた時、自分の学生時代を以前エッセイ漫画に描いてた時に感じたことが一瞬で思い出され、自分がとにかく空気を読み過ぎて疲れていたことが思い出された。

日本の学校の中の見えないカースト制度の空気感を子供ながらに物凄く感じていて、人より良くも悪くも目立つのがとにかく怖くて、どうにか目立たない様に必死で自己防衛して個性を消そう消そうとしたり、また苦手な運動や苦手な教科が同学年の平均より劣っている事にもがき苦しんだり、人と競わされる事が非常にしんどかったところがあった。

エネルギー整体の動画でも最近学んだのが、幼少期から家庭内の人間の役割を無意識に背負わされてきてそれが潜在意識に刷り込まれ大人になっても継続されて生き方の悪パターンになってしまうといもの。

自分はおそらく過剰に周りの空気を読んでて、自己犠牲したりバカなフリとか劣ってる態度とかも無意識によくやってきたし場や人間関係をより良く取りもちたい気質があるっぽい。

自分は我慢してでも周りの人々が機嫌よく笑ってくれてるのを見る方が幸せっていう気持ちが常にあった。

こんな事までブログで書くのもどうかと思うが、自分は子供の頃から人の機嫌をよくするのは正直得意だし、どういう話題がウケるかとか、自分がどういう態度でいたら相手が機嫌良くいられるかとか無意識に分かってしまうところがあり、なるべく誰にも嫌われたくない気持ちが強過ぎてて無意識にそういう行動を取ってきた。(極非社交的な筆者が意外だが司会者の人の気配りとか昔から結構共感できる)

そしてどっと疲れる。

この役割をやってる事に気付いただけでも解決口に立ってるという事らしい。

また新しい気付きと次元に上がれた気がして良かった。

決意したこと

そして、さらに今日YouTubeで偶然2つの動画でそれぞれ並木良和さんの春分ワークショップの内容を要約して話されてるのを聞いたがどちらも同じ内容で、それだけとても重要な事だと感じた。(コチラの動画⇨https://youtu.be/wiCEPVp3LtA?si=JBb_z4ZOx0wa-d1p

個人的に並木さんを知ってから今までの中で1番核心的な内容かもと感じた。

改めて正確な統合とは何なのかと。

統合は100の位置じゃないと絶対起きない、周波数は外れない。

その100の位置とは?って話だった。

正直いまいち100の位置って表現がピンと理解出来てなかったから真剣に聞いた。

100の位置とは、現実のスクリーンを見ている位置、自分が現実を創作しているという位置の事らしい。

ああ、それの事か!とやっと把握できた。

自分が現実を創作しているという内容は以前イラスト記事にした事もあったのだった。

コレ⇩

そして、手放すのは感情ではなく、周波数。

周波数に感情というラベルを貼ってるだけという事らしい。

丁度ここ数日人間関係の事で苛々や悲しみに悩まされて無駄に時間を取られてイラついていた。

紙に書いたり、初めて燃やしたりもしたが、その瞬間は少しスッキリはしてもやはり完全には無くならない。

相手に言ってやりたい事をいくら紙に書いても、何かが違うと確かに感じる。

確かに周波数だとわかる。

最終的に自分の中の感情の問題だと感じる。

現実のスクリーンに対処したところで苛々が取れない。

被害者意識を手放しなさいと並木さんは前から言ってた。

結局自分が周波数のフィルムを使ってるだけだと。

でもうまく形や重さをイメージして取り出せない。

やってもそこまでいうほどスッキリしないぞ?

また他のスピの人は、大抵感情は感じきると飽きるからそれで消えていくとよく云われている。

それもそうだろうと思うし今までそういう生き方をしてきたと思うが、正直それはかなりしんどい行為だ。

時間や日にちがかかってストレスもかかるしいかんせん日常のQOLが爆下がりする。

出来れば手っ取り早く無くしたい。

並木さん的には統合ワークで手早く無くしていけるという手法だが、他の人の意見で聞いた事があるのは、この3次元で地球で肉体を持って様々な感情に悩まされる体験は、この世界に生きてる証でありそれが人間であり、そういうの感じなくなっていったら何を体験しに生まれて来たか分からないよ?というもの。

自分は、物語を創作していて、物語には絶対人の心を揺り動かすエモい設定や表現が必要不可欠なのだと思っている。

読者は絶対的に人だから、人の心を揺り動かさないものや人が共感出来ない作品は何の魅力も無いものだ。

それは出来るだけ限りなくリアルな表現にしたいので、悲しみ、怒り、憎しみ、絶望感、罪悪感、喜び、愛とか様々な感情のソースは、今までに描いた作品は想像の物もあったけど、人生経験が増えるに従って、これから描く作品はよりリアルな実体験の感情を盛れるだけ盛り込んで描いていきたいと思っている。

だが、作者が感情の周波数をうまくさっぱり手放せて人間的な感情を感じれなくなったらどうなるのか?

作者の日常はめちゃくちゃ生きやすくなるのは確かだが、リアルにエモい作品を描けるのか?

描く時は、各キャラに成り切ってキャラのリアルな感情を感じて描いているので、リアルな描写表現に影響は出ないのだろうか?

それか、その時だけ都合よく割り切って人間ドラマな感情を感じれるように戻れるのか?

もしくは統合出来てても、描いてたらまた感情に振り回される状態に戻ってしまうのだろうか?

この疑問に関しては以前も記事に書いたかも^^;
多分コレ⇩

統合していくと人間らしくなくなってしまうわけではないと、以前並木さんが仰られていたのを聞いた事があった。

という事で、この疑問に対して自分の勝手な想像では、多分もっと創造主の視点になって今よりさらに高い位置から俯瞰した状態で作品を創作出来るようになるのかもしれない。

今とはかけ離れた別次元の視点から創作出来るようになるという事かもしれない。

とにかく、いろんな面でレベルアップして良い生き方、良い作品を作りたい。

春分を超えて、またズレそうだったのを軌道修正させてもらえて良かった!



最後まで見てくださりどうもありがとうございました。

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